「手元供養(てもとくよう)」とは、ご遺骨を少量だけ分骨し、装飾品や小型の骨壷などに封入し、身近で故人を供養する供養方法を指します。
手元供養という言葉自体は2007年に現代用語の基礎知識に掲載された新しいものですが、人間が大切な存在を身近に感じたいという思い自体は昔から変わらずある想いです
モリアルジュエリーWithは、ジュエラー(宝石商)が作る手元供養品ブランドです。
メモリアルジュエリーとは、遺骨粉・遺骨灰を入れる中空のジュエリー。いわば故人への想いを入れる器であり、身に着けることで、故人との絆を感じることができる装飾品です。だからこそ、Withは美しいデザイン、本物の素材を使用した確かな品質にこだわります。
「いつも一緒に。これまでも、これからも。」それがWithの想いです。
株式会社セキネは、セキネ時計店として創業してから100周年を迎えることとなりました。
大正、昭和、平成にいたる激動の一世紀の間当社をご支援、ご愛顧いただきました多くのお客様、お取引会社様に心から御礼申し上げます。
これからの100年も末永く皆様から信頼いただける企業を目指し邁進して参ります。
ぜひ、セキネの新たな100年にご期待ください。
会社名
株式会社セキネ
所在地
643-0023
和歌山県有田郡有田川町熊井186
TEL/FAX
0737-23-7363 / 0737-23-7361
メールアドレス
沿革
1911年
大阪で時計修理技能を習得した後、湯浅町大字湯浅896番地(借地)にて
關根 清次郎がセキネ時計舗として創業
明治大正と時計は庶民の持ち物としては高価な品であったため、
主に時計修理で生計をたてていた。
湯浅町大字湯浅866に移転
1941年
關根 正清(三男)が分家、湯浅町1159番地にて、
セキネ時計舗2号店を開業、戦死のため2号店を廃業
1951年
湯浅町湯浅866番地を購入
關根 千賀子(三女)が養子を迎え稼業を継承
關根 淳二郎が三代目代表となり屋号をセキ根時計店に変更
時計、眼鏡の店舗販売に加え『職域販売』を軸に展開することで、
少しずつ経営基盤を固めていった。
時計修理人を2名雇用
1982年
關根 淳二郎死去 關根 浩史が4代目代表となる
1987年
SEKINEの前身となる 有限会社 アイ設立
SEKINE オークワ六十谷店 開店
1989年
SEKINE オークワユピア店 開店
SEKINE ぶらくり丁店 開店
本部事務所を構え、卸業を開始
1993年
有限会社アイから有限会社セキネに商号変更
1997年
セキネ スプレンドーリ広島店 開店
セキネ スプレンドーリ明石店 開店
1999年
セキネ スプレンドーリ広島店 閉店
SEKINE オークワ六十谷店 閉店
SEKINE オークワロマンシティ店 開店
2004年
SEKINE オークワユピア店を閉店し箕島店に移転
2005年
本部事務所を構え、隣にメガネ店を開店
SEKINE ぶらくり丁店 閉店
SEKINE シティワカヤマ店 開店
SEKINE スーパーセンターオークワ南紀店 開店
2006年
SEKINE ガーデンパーク店 開店
2012年
シティワカヤマを閉鎖し、オークワパームシティ店に移転
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